もうすぐ父の日。
さて、今年は何を贈ろうかと物色中でございます。

あら・・・?と思っている方もいるかもしれませんが。

我がブログには、あんまりでてこない父であるが~
生きてます(笑)

コロナで、ますます会えなくもなりました。

時々、留守電に、
「元気か~。お父さんは元気です」
とは入ってます



何かおすすめありませんかねぇ。
歳は、81歳
少々偏屈。
あまりいろいろ食べる感じではない。お菓子を差し出されたからと、それを食べるわけでもなく。
物欲もなさそうだし。
難しいのだ。
たぶん、いらなそう・・・(笑)

本日中には見つけておくろうかな。



さて、あたくし、
今、未熟児ちゃんを育てるお仕事をしています。
希望ではありませんでした(笑)
まっさか、あたくしが、小児…科…?
あまりに嫌すぎて円形脱毛症になりました。
(だって、今までやってきたことは、役に立たず、0からのスタート。自分のできなさすぎにほんと嫌だった)

だって、あたし、大人の看護師としてやってきたのですもの。
再再再再再就職(えっと、いくつ再つければいかな?(笑))した病院で、成人病棟の看護師として面接を受け、採用され、配属を聞いたとき、
「申し訳ないけれど、3年で移動させてあげるから、NICUで頑張って」
と言われました。

何?NICUって?
Nって、何?
なんのICU?

そんな世界があるとも知らなかった。

NICU
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小児科、母性看護に全く興味がなかったので、情報収集することもなく、未知の世界、NICU

行ってびっくり。
こんな世界があるとは・・・。



いやいや働いで、もう随分に月日は流れ、やっと自分の中で受け入れるようになって、
今は、なんとなく心構えが変わった。

父の事を聞いたからね。
父は、小さく生まれた。っていうのは知っていた。
祖母(父の母)が、よく言ってたから。あとは親戚とかが。

「お父さんは、小さくてね、手のひらを合わせてのせないと落ちちゃいそうな感じだったんだよ。
みかん箱に入れて育てたんだよ。ミルクが飲めなくてね。管入れて、そこからミルクをいれてたんだ」
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って。

子供の頃は、赤ちゃんはみんな小さいものだと思っていたから、特別な意味には受け取らず。

しかしだね、親戚みんなが、父を大事にしすぎている。というか、何か、みんなが父を見守っているようなそんな雰囲気を、子供ながらに悟っていた。

そんなみんなの甘やかし(笑)のせいで、我が父は、我が道を行く人になったんだ。

って子供ながらに思い、そして、大人になってからも、つい数年前まで思っていた。



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父が具体的にどのくらい小さく生まれたのか。っていのは、数年前にしったんだ。

なんと
在胎28週 340gで出生」
と聞いた


えええ~~~

NICUにいるあたしは、340gがどれだけ小さいか、想像つく。

小さく生まれた。とは聞いていたが、本当にそんなに小さかったなんて驚きだ。
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小さい小さいって言ったって、大げさにみんな言っているだけで、2,000gはあるんじゃないか。って思ってた。

父の田舎に帰ると、
「こんにゃく一丁」
って言われていた事もあった。なんだろ?と思っていたが、たぶん、こんにゃくくらいの大きさで生まれたからなんだね(笑)


そして28週。

う~、良く育ったねぇ。と、それを聞いた時は、感動した。

いろいろ、
ええええ~~~
ええええええ~~~
えええええええええ~~

って。


おばあちゃんが、「産婆さんは、あきらめろ」っていったけれど、あきらめきれなかった」
っという言葉とか、
「ミルクが飲めなくて」
って言葉とか、振り返っては、そういう意味だったんだ。
と知る。

赤ちゃんって、ミルクを飲めるようになるのが、34週なんですよ。
28週なんてミルク飲めない。
あたし達は、何かをごっくんすると、肺に入らないように肺側には蓋が閉じられ、食道に、ごっくんしたものは流れていきますが、それができるようになるのが34週。

そして、28週と言えば、免疫の物質をお母さんからもらってなくて、感染もしやすい状態。
(ちなみに、32週くらいから、お母さんからもらっています)
感染もなく、育ったわけです。


今、28週で生まれたとしたら、
人工呼吸器がついてみたり、ミルクのめないので、栄養を取るのに、点滴が入ってみたり。340gなんかで小さいと、血管確保が難しかったりもするので、お臍から点滴を入れたりする。
ミルクも、口から胃までの管がはいる。
そして、保育器に入って、湿度も温度もコントロールされた中で、大事に育てるんです





あたし達が、プロとして全力で育ててる赤ちゃんを、おばあちゃんは、医療機器もなく育てあげたのですよ。

すごい


それに、父の生命力。



NICUで働きながら、NICUを卒業していった子たちの事を考える。
みんな元気にしているかな?
って。
退院するまでは見られるけれど、その後、みんなどうなっているのかな?

病気にならず、元気にいるのかな?
育っているのかな?
って。

小さく生まれた子のお母さんたちは、いろんな事を心配して、ちゃんと育つのか、将来どうなるのか。みたいな質問をよく受ける。
でもさ、小さい子って、可能性いっぱいもっていて、その時点でわからない事もいっぱい


父をみて、
こんなに元気に普通に生きていけるんだ。
と、推測の話ではなくて、現実になり、看護する上でもやる気につながる。

小さい子は、
未熟児網膜症なんて心配するが、父は、普通の近眼はあるが、あたしより、視力はいい。
小学校は、みんなより1年遅れていったけれど、それでも、知能も学習能力も人並みである。

父は、自由だった。
自分の価値観をとても大切にし、それを貫き、人の評価を気にしない。だから、好き勝手し幸せそうに見える

そんな感じで、父の人生を謳歌している

あんまり娘をかわいがらない父は(笑)、何度か大病を患う。

心筋梗塞と脳梗塞だ。で、何回か入退院しているが、見た目には後遺症もない。
早期発見早期治療で元気である。

こんな父を、
「憎まれっ子、世にはばかるだな。」

と、本当に思っていたが、持って生まれた生命力なんだな。と、納得する。


職場の先生に、
父は、28週の340gで生まれたんだ。って事を伝えた。
「母子手帳、持ってる?記録に近いものがあるんじゃないかと思うんだよね。その頃の」
って
確かにね。

2年くらい前に、世界最小の男の子が258gっというニュースが流れた。

最新の医療で、大きく成長したと思うが、
父の時代に、おばあちゃんが育てたって、感動です。(まぁ、父は体重のわりに週数が進んでいたのもラッキーだったと思われる)

ある意味、すごい父なんだ。と思った。

そして、今、娘が希望したわけでもなく、NICUで働く羽目となっている。
不思議なご縁だなぁ
と思う。
不思議と、今の仕事に対する姿勢も変わった。
職業として、淡々とこなしてきた。嫌だという思いに気が付かないようにして働いてきた。
が、
今は、ちと違う。
父を生かしてくれた運命に、娘として恩返しみたいな。


「頑張って大きくなれ~。これからの長い人生、楽しみにすくすく大きくなれ~」

そんな気持ちで、日々、過ごし、いやいやだったNICUも、使命みたいな、充実感をもって、仕事できるようになった。

父は、偏屈なので、
かわいがられた記憶もないが(笑)
ここ数年は、母や娘たちを心配するしぐさも見られ、歳をとったんだなぁ。と感じられる。
父から、何かもらった記憶もないが、
嫌な嫌な仕事、働く義務が課せられている以上、関わらなくてはいけない仕事、
それが、充実してできるようになったというのは、父からの最大のプレゼントかな。と思う。



※画像は、※画像は無料素材よりお借りしてます
※イラストは、※大好きなayaさんのLINEスタンプおなかの赤さんよりおかりしました。



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